1947年7月8日、ロズウェル陸軍飛行場(RAAF)]はプレスリリースを発表し、その中で基地の第509爆撃航空群の職員がロズウェル付近の牧場から潰れた「空飛ぶ円盤(flying
disc)」を回収したと述べた。この発表はメディアの興味を強烈に刺激した。同日の数時間以内に、第8航空軍司令官は、RAAF職員が回収したものは「空飛ぶ円盤(flying
saucer)」ではなく、実際は気象観測用気球であったと述べた。
続いて記者会見が開かれ、潰れた物体由来と言われる残骸を取り上げ、それは気象観測用気球の記述と一致すると思われるとした。
この事件はすぐに忘れられ、30年以上に渡ってUFO研究者にすら、ほとんど完全に無視されていた。そして1978年、UFO研究家スタントン・T・フリードマンは、ジェシー・マーセル少佐Major
Jesse
Marcelにインタビューした。マーセルは、1947年のもともとの残骸の回収に携わった人である。マーセルは軍が異星人の乗り物を回収したことを隠蔽していたことを確信していると表明した。彼の話はUFOサークルを通じて広まり、当時の一部のUFOドキュメンタリーで取り上げられた[3]。1980年2月、タブロイド紙の「ナショナル・エンクワイアラー」紙The
National Enquirerはマーセルへのインタビューを掲載し、ロズウェル事件は米国および世界の注目を集めることとなった。

ロズウェルの街にあるUFO博物館・街の街灯は宇宙人の顔
UFO博物館・館内 (閑散としいた 平成18年3月4日)
それに続く数年のあいだに、さらなる目撃者と報告が現れた。それらは数々の重要な新しい詳細情報をつけ加えた。新しい話には、11地点もの墜落現場で、異星人の乗り物と異星人自体を回収することを目的とした大きな軍事作戦があったという主張[3]、および目撃者への脅迫があったという主張が含まれていた。1989年、元葬儀屋のグレン・デニスGlenn
Dennisは詳細な話を発表し、その中で彼はロズウェル基地でロズウェル異星人死体解剖が行われていたと主張した。
これらの報告に応えて、議会からの要請があった後、会計検査院は調査を開始し、空軍長官室に内部調査を行うよう指示した。
その結果は『ロズウェル・リポート』と題された二つの報告にまとめられた。第一の報告[5]は1995年に発表され、1947年に回収された物体はモーグル計画(Project
Mogul)と呼ばれる秘密の政府計画に由来する残骸である可能性が高いと結論づけた。第二の報告は1997年に発表され、回収された異星人の死体についての報告は、隊員に怪我人や死亡者をだした軍の事故の記憶と、1950年代に行われたハイダイヴ計画(Project
High
Dive)のような軍の計画における擬人ダミー回収の記憶が、悪意のない変形を受けて組み合わせられたもの、およびさまざまな目撃者とUFO擁護者が犯したでっちあげである可能性が高いと結論づけた。
問題になっている年月の食い違いについては、起こった事がらについての時間の圧縮と混乱の心理学的影響によって説明された。これらの報告はUFO擁護者によって偽情報か単純に怪しいかのどちらかであるとして退けられた。ただし、実際にはいかなる異星人の乗り物も事件に関与していなかったという可能性を、多数のUFO研究家が過小評価しているのも事実である。